教師を目指す全ての学生のための本

教育の根底・教育の姿

保育者の地平:私的体験から普遍に向けて津守真ミネルヴァ書房(1997)

子どもを大切に、丁寧にみつめるとはどういうことか。子どもを受入れるとはどういうことか。子どもとともにあるとはどういうことか。著者長年の体験と思索の結実。

山びこ学校無着成恭岩波書店(1995)

「地域に根ざした」「子どもの目線で」という教師の基本姿勢を「言葉遊び」にしないための必読書。

兎の眼灰谷健次郎角川書店(角川文庫)(1998)

新米教師小谷と鉄三をはじめとする子どもたちのかかわりを描いた小説。教師にとって何が大切かを考えさせてくれる。同じ著者の『太陽の子』(角川文庫, 1998)も「沖縄と戦争」を描いてなおかつ優しい。『太陽の子』は浦山桐郎監督による映画も名作(1980年)。『兎の眼』も中山節夫監督による映画がある(1979年)。小谷先生を檀ふみが演じている。

教育の根底にあるもの林竹二径書房(1991)

ソクラテスの研究者だった林竹二が全国各地の小学校や高校を巡って授業をしつつ教育について考えた。上っ面の技術ではない教育とは何かを問いかける

幼稚園真諦倉橋惣三フレーベル館(『倉橋惣三選集』第一巻所収)(1965)

保育者とはどのようにあるべきか、幼稚園とはどのような場所であるべきか。「子どもが真にそのさながらで生きて動いているところの生活をそのままにしておいて、それへ幼稚園を順応させていくこと」、幼児教育の真髄を説く。

アメリカ教育使節団報告書アメリカ教育使節団著、村井実全訳解説講談社学術文庫(1979)

アメリカ教育使節団が日本各地の諸学校をめぐり、実情を把握した上で提出したレポートである。「我々の最大の希望は子どもにある」ということば(考え方)がこのレポートの中心にある。

風になれ! 子どもたち:児童ケースワーカー・10年の記録野本三吉新宿書房(野本三吉ノンフィクション選集2)(1996)

子どもの育つ場所であるはずの学校から見放された子どもたちと一人の人間として真摯に向かいあう著者の姿こそ、本来教育者に求められるものではないのか。子どもと関わる人間の有り様を示してくれる本。

教育の意味を考える

野生児ルシアン・マルソン福村出版(1979)

人間の発達には様々な条件を基礎とする段階があるのだということを、具体的事例をもとに論じている。「人間は人間の社会においての人間となる(カント)」

アヴェロンの野生児イタール福村出版(1976)

アヴェロンで発見された〈野生児〉の発達の記録であり、とりわけ言語の習得についての部分はきわめて意義深いものである。

「学ぶ」ということの意味佐伯胖岩波書店(1995)

「学ぶ」ことの意味を問い直し、人と人、人と文化とを結びつける学習のあり方を探る本。

ことばが僻かれるとき竹内敏晴筑摩書房(ちくま文庫)(1988)

竹内敏晴は演出家だが、身体論的立場から、「からだとことばのレッスン」を行っている。教育にも多くの示唆を与えてくれる。

「聴く」ことの力鷲田清一TBSブリタニカ(1999)

教育ではとにかく教える、説明するということが強調されるが、聴くことの力の大きさについてはあまり強調されない。この本は「聴く」力について考える良書。

教育とは何か大田尭岩波書店(岩波新書)(1999)

現代の環境破壊に対して、教育に何ができるのか.大田尭は、子育ての知恵を借りながら現代における教育の意味と役割を問い直す。

学びのゆくえ牛山栄世岩波書店(2001)

教育実践での具体的取組から学びの意味を鋭く切り出しており、教師を目指す学生諸氏に是非お勧めします。

教育を学ぶ

エミールルソー岩波書店(岩波文庫)(1978)

ひとりの子ども「エミール」への教育方法について論じた本。子ども研究を重視した教育書。自然をゆがめない教育を追求した本である。

世界教育史梅根悟新評論(2002)

教育の歴史を「全世界的な視野」で描いた教育史の古典。

全面教育学入門庄司和晃明治図書(1994)

教育の本質を広く「渡世法の体得」であると捉えて、教育学の新たな可能性を示した一書。

教育学のすすめ齋藤喜博筑摩書房(1980)

すぐれた教育実践家だった斉藤喜博のエッセンスがわかる本。子どもには無限の可能性があるととらえ、教師にとって見えることがすべてだと言い切る。

子どもの学力とは何か永野重史岩波書店(1997)

学力とはどのような意味か、測定可能か、これから求められる学力とはなど、学力とそれに関わる疑問点に関して丁寧に述べられている。

子どものための教育重松鷹泰国土社(1990)

子どもを正面にすえた教育実践のあり方を研究してきた筆者が、教養とはどのようなことか、教科の学習はどのような意味をもつのかなどについて、子どものための教育という視点で語りかける。

人間のための教育上田薫国土社(1990)

著者は教育の危機を教師の課題の側面からとらえ、教師の人間理解、自己変革の必要性を主張する。本書が書かれたのは約30年前になるが、時間を経ても訴えかける力を持つ書。

教育論ジョン・ロック岩波文庫、明治図書()

「近代という時代」における「教育とは」の本質およびその限界を知るための古典。

教育を問い返す

脱学校の社会I.イリッチ東京創元社(1980)

「学校は永遠である」という我々の視野狭窄や傲慢から脱却するための必読書。

学校幻想とカリキュラムM.W.アップル日本エディタースクール出版部(1986)

「学校は善なる聖地であるべきだ」とのロマンティックな傲慢から脱却するための必読書。

「心の専門家」はいらない小沢牧子洋泉社(新書y)(2002)

「心のケア」「学校カウンセリング」……。心の時代と云われるが、「心の専門家」なんてホントに必要なのだろうか。世の中の言動に安易に踊らされない為の一冊。

ミュンヘンの小学生:娘が学んだシュタイナー学校子安美智子中央公論社(中公新書)(1975)

シュタイナー教育紹介の本はあまたあるが、日本のシュタイナー教育の展開はここから始まったと言っても過言ではない。いわば古典。

学校の理論:学制改革の基本視座持田栄一国土社(1972)

学校や学校教育はその内部に矛盾や欺瞞を内包していることを知るための必読書。

学びその死と再生佐藤学太郎次郎社 (1995)

筆者の学校の原風景から教室の意味を問い直し、学校の再生に向けて学びの共同体、ケアリングの考え方等にふれて書かれている本。

「学力」を問う汐見稔幸編草土文化(2001)

「学力低下」論における「学力」観を問い直し、世界とそして人とつながるための豊かな学力イメージの形成の必要性を説く本。

教えるという仕事

「教師」新たな自分との出会い:やりがいを見つけた教師たち前田勝洋・石川英志学事出版(2001)

悩み苦しみながらも教師が子どもと、自己と向き合い成長していく過程が書かれている。教師の懸命な姿やその成長過程を見つめる校長先生の視線があたたかい。

未来のきみが待つ場所へ宮本延春講談社(2000)

中学時代の成績が「オール1」であった少年が「高校の数学教師」となった経緯が事実に基づいて書かれている。教師志望の人に是非とも読んでほしい。「あなたの教師志望の動機は、そして教師として何をやりたいのか?」と問いかけてくる。さらに、「あなたの人生は恵まれていますよ。」と語りかけてくる。

生きる力をつける授業築地久子黎明書房(1999)

カルテをとり、子どもの理解にもとづきながら行った築地久子氏の授業。授業の記録や写真から子どもたちの真剣な追究が伝わる。

真の授業者をめざして武田常夫国土社(1990)

優れた教師であった武田常夫が豊かな実践を作り出してくプロセスが描かれている。教師にとって自分の実践を問い続けることの重要性がわかる。

学びの発見今泉博新日本出版社(2001)

子どもがいきいきする授業とはどのような授業なのかについて、小学校教員である著者の豊富な実践とともに描かれている。こういう先生に教わりたいと思わされる一冊。

なぜ勉強させるのか諏訪哲二光文社(2007)

いのちに触れる:生と性と死の授業鳥山敏子太郎次郎社(1985)

人は他の生き物の命を食べなければ自分の命を繋いでいけない。ニワトリは可愛いけれど美味しい。そんな人間の生きる姿を授業へと昇華した希有な実践。授業とはこんな風に、「思い」を伝えることの出来る営みなのだ。

Loading...
inserted by FC2 system